参列者
ご親族:25名 ご会葬者:50名 
斎場
臨海斎場

鷺娘よ、永遠なれ

「ちらちら雪に濡鷺の しょんぼりと可愛らし」
もし「あの世」があるとして、人が亡くなってあの世に向かう姿が自身の一番輝いていたときであるとするならば、故人様は間違いなく、儚くも美しい「鷺娘」の姿になるのでしょう。
鷺のごとく、白い羽を広げ飛び立とうとされる故人様。
そのお姿で旅立つ事を、ご本人様が望んでおられる、そう解釈するご家族様のお手伝いをさせていただきました。

「鷺娘」

日本舞踊の演目のひとつ、「鷺娘(さぎむすめ)」は恋の想いに苦しむ娘を白鷺の寂しげな姿に重ね合わせた作品です。
雪の降りしきる水辺に、白無垢姿の娘が佇んでいるシーンから物語は始まります。
それは鷺の精が娘の姿に転じたものでした。
何度も衣装の変化や場面転換が起こる、江戸時代から高い人気を誇る作品なんだとか。
「私は昔、鷺娘を演じたの!」
そうお子様方によく仰っていた故人様。
「鷺娘を演じること」は日本舞踊に関わる人なら誰でも憧れるものなんだそうで、その自慢話は故人様の武勇伝のひとつ。
10代の頃から習っていた日本舞踊は、まさしく故人様の人生とは切っては切れない大切なものとなっておりました。

舞い・踊り・振り

日本の伝統的な舞踊は、舞い・踊り・振りの三要素によって構成されます。
この度の遺影写真は、その一幕。
まだ20代の頃の故人様です。
実はこのお写真が見つかった経緯にエピソードがあり、「余談なんですけどね…!」と
少し興奮気味にご長女様、ご長男様がお話しくださいました。
実はお子様方はこれまで「鷺娘」を演じるお母様の姿を見たことがなく、写真を発見されたのは、お母様のご逝去された後のこと。
ご兄妹で遺影用の写真を探すために部屋を整理していたところ別の写真の額の中に写真と台紙に挟まっていたこの一枚を偶然見つけられたそうです。
数十年前の写真にも関わらず、他の写真のように色褪せず、着物の色合いが綺麗に残っていました。
「おかしなこと言ってるのは分かってるんですけど、きっと母が「これを遺影にしろ」って言ってるとしか思えなくて。もう執念すら感じちゃうんです!本当、最後までわがまま!」
と笑いながら顔を見合わせるお二人。
なるほど、この度のお見送りは、ご本人様が指示をし、お子様お二人がプロデュースをする。
そして我々がその支えをする、そのようなカタチになる事がこの時にはっきりと見えてきました。

そして、羽ばたき

鷺娘のご遺影写真を中心に、そのお着物に合わせたお色味のお花の祭壇をお飾りし、そしてそのお近くには、ご本人様の舞踊のお写真や名取の看板、そして生前のお写真などをお飾りさせていただきました。
最後のお別れの際も、ご本人様が生前歌われていた音源をご長男様が用意し、お流しさせていただきながらのお花入れ。
終始、ご親戚様からも笑顔が溢れるお時間となりました。
悲しいだけのお別れではなく、笑顔が溢れるお見送り。
それすらも、もしかしたらご本人様が仕組んだ演出なのかも知れません。
ご出棺の際のお父様のご挨拶も「ほんとは俺が先に三途の川を渡る予定が、いつの間にか眠るように先に渡っていきやがった。最後までうまいことやるやつでした」
と、少し「粋」なご挨拶。
ご長女様もご長男様も、「49日を待たないで、満足してもうすでに成仏してると思う」と、お帰りの際におっしゃっておられました。

担当エンディングプランナー 齋木 まなか

齋木 まなか

当初、ご家族が選ばれた遺影写真の候補をみて、「本当によろしいですか」と言おうかと思いましたが、自分の常識に囚われてはいけませんね。
結果、これほどお似合いの遺影写真は無い、と思いました。
それほど、ご家族様、そしてご本人様もご満足いただけたかと思います。
故人様の最後の舞を、ご家族様がプロデュースをし、私達は大道具さんや小道具さんとして舞台を整えさせていただきました。

内容とお写真は、ご家族・会社様のご了承を得て掲載させていただいております。

ご葬儀対応エリア

東京都

神奈川県

埼玉県

千葉県

よく選ばれる斎場

トップに戻る

LINE登録で式場・火葬場の空き状況や予約ができる