•  朝日新聞WEEKLY AERA 2011.4.11表紙
  • 全国から葬儀社ボランティアが結集「おくりびと」たちが見た“猶予なき”遺体搬送の現場
  • 今度は棺を組み立てる人手が足りなかった。完成品の棺では一度にたくさん搬入できない。
  • 自治体ごとに各遺体安置所で必要な棺の数がホワイトボードに書き出される。

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全国から葬儀社ボランティアが結集
「おくりびと」たちが見た“猶予なき”遺体搬送の現場

3月14日、ようやくつながった電話は、もどかしさにあふれていた。「とにかく棺が集まらない。1本でも2本でもほしい」首都圏を主なエリアとする葬儀社「アーバンフューネス」(本社・東京)の社長・中川貴之さんはその声を聞いて、現地入りを決めた。電話の相手は仙台市の同業者。県や市の要請で棺や納棺の準備に奔走したが、物資が足りず、助けを求めていた。

棺35基と、白装束など出棺に必要なものを2トントラックに詰め込んだ。都内のガソリン不足が影響して、出発できたのは18日夜だった。
仙台に到着すると、全国の葬儀社や経済産業省の要請を受けた業界団体から棺は納品され始めていた。今度は棺を組み立てる人手が足りなかった。完成品の棺では一度にたくさん搬入できない。このため、各地から集まった棺はパーツごとに分かれていた。

拠点となる市内の斎場では毎日、自治体ごとに各遺体安置所で必要な棺の数がホワイトボードに書き出される。それに合わせて、中川さんたちは、ひたすら棺を組み立てた。
その間、身元が判明した遺体が増えていった。中川さんは棺を搬入するために、石巻市や東松島市の遺体安置所を回った。旧石巻青果花き地方卸売市場に設けられた遺体安置所では震災発生から13日後の24日の時点で、棺の納品が収容された遺体の数に間に合わず、納体袋に入った1200体が床に置かれたままだった。ドライアイスも当てられていなかった。気温が低いのがせめてもの救いだった。

さらに、もっと足りないものが出てきた。
火葬場に運ぶのは寝台車1台につき1体が基本。その寝台車が足りない。搬送する人手が少ない。ガソリンが給油できない。なによりも、火葬場の能力が追いつかない。現場も混乱していた。

「自治体、警察、自衛隊、経産省など関係する行政の連携が取れていない。人手のほうが必要なときに埋葬関連の物資ばかりが届いたり、指示が一本化されていないから待機時間が生じたり」(中川さん)火葬場は岩手県33ヵ所、福島県28ヵ所。被災して稼動できない火葬場も少なくない。

朝日新聞出版(AERA) 2011.4.11から抜粋